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これからの日本はどうなるか(2017) [社会]

2017年の元旦を迎えた。今年もこれからの日本はどうなるかを考えて見ることにする。

世界の大きな流れはグローバル化にある。これが何によって引き起こされたかと言えば交通・通信技術の発展である。ジャンボジェット機は世界を一日で移動できる範囲に縮め、インターネットは全世界を瞬時につなぐものとなった。この動きは必然のものであり、今後もグローバル化を軸に世界は進んで行く。

大昔には世界各地はつながりがなく別個に歴史が進んでいた。世界がつながりだしたのは大航海時代からだ。しかし、航海は困難であり、つながりは弱かった。世界が弱くつながることで、先進国が後進国を支配収奪する植民地主義の時代になった。後進国の原料が暴力的に先進国に移動し、先進国の製品が後進国に移動することで、先進国はより大きな利益を上げる時代が続いた。

第二次世界大戦後は民族独立の時代となり、露骨な収奪は見られなくなったが、格差は大きく、発展途上国は不利な競争を強いられることになった。しかし、交通・通信の発達が、さっらに発展して、ある時点で相転移が起こった。世界がグローバル化に向かっていっせいに動き出したのである。

安い労働力を求めて工場が発展途上国に移動するようになり、製品の移動は、工場の移動に変わっていった。最初は単純労働だけが求められたのだが、徐々に現場技術が移転するようになり、インターネットによって、設計・プログラミングなどと言った工業生産の根幹までもが移動することになった。

世界が弱くつながることで引き起こされた地域格差は、つながりが強くなることで、再び均質化することになる。現在、世界はその過程にある。国家が大会社を率いて世界に進出するなど言うのはもはや過去のことであり、グローバル化した世界資本は国家を超えるようになる。国家の考え方を変わらなければならない。世界企業から、いかに国民の身を守るかが政府の役割となる。国家はいわば労働組合のようなものに転換していかなければならない。

しかし、日本の政治状況は後進性を脱却できていない。大企業を軸とした政策に終始し、企業の横暴から国民を守るといった視点はない。経済は循環であるから、いくら大企業が繫栄しても、国民が疲弊すれば、やがて立ち行かなくなる。政府はいわゆるアベノミックスなど小手先の戦術で切り抜けようとするが、当然のごとくことごとく失敗する。景気循環の山に当たっているので、隠されているが、経済の危機は深く静かに進行している。やがて破たんが表に出るときが来るだろう。その端緒がみられるのが2017年だろう。

日本は、アジアでいち早く先進国の仲間入りをして、周辺諸国から収奪する立場に立ったし、戦後も原料を輸入し、製品を輸出する構造を保持してきた。しかし、均質化の波は避けがたく、すでに多くの工場が海外に移転し、国内での現場医術も失われかかっている。人口の減少はこういった動きをますます加速していくことになるだろう。

これから起こることは、グローバル化した巨大資本が国家の枠を超えて市場を支配することである。日本企業もいくつかは世界企業となり発展するが、国籍を失ったものになって行かざるを得ない。これらの企業は容赦なく工場を海外に移転するので、国内の労働力は過剰になる。

全般的な労働力の過剰がある中で、相対的に不足するのは低賃金の労働力である。アジア諸国からの移民は増えて行かざるを得ない。また海外の労働力コストに対抗するために日本の賃金は、極端に言えば、スリランカ並みになるまで下落していくことになる。

当面、アジアの工場建設は、巨大な人口を抱える中国が担うことになる。中国経済は減速気味だが、日本はもっとひどい。技術面での遅れが目立つようになり、アジアでの主導権は大きく後退する。日本ではこういった動きに反発して、復古的な主張がもてはやされ、政府は国威発揚ばかりをやりたがるようになり、軍事力の強化とか中央集権の強化が行われるが、そんなことで流れを変えることは出来ない。

グローバル化が進行する中で、生じるのは格差である。地方が衰え東京への一極集中は続く。富裕層がより多くの富を集め、庶民が苦しみを背負わされる。自己責任論を押し付けられ、自分を卑下して暮らし、マイナンバーで管理され、カジノで有り金は巻き上げられる。自暴自棄の犯罪も増加するだろう。はっきり言って2017年は明るくない。

だが、明けない夜はない。やがて日本人は立ち上がって、自らの医師で国家を運営するようになる。2017年はまだその時期ではないが、変化の兆しが見えても良いだろう。。

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