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安倍首相のニューギニア慰霊 [国際]

安倍首相がニューギニアを訪問して戦死者の慰霊碑に献花した。15万人の日本人が死んだ所だ。献花することに問題はない。だが、そのコメントは何だろう。「15万人以上の方々の犠牲の上に、今日の平和と繁栄がある」とは何だろう。まるで15万人は死んだけど戦争には勝ったかの言い方だ。

15万人が何のために死んだかと言えば、資源確保を目指した南方侵略のためである。中国を完全支配するための戦争には資源が必要だった。日本は朝鮮から中国へ、さらに東南アジアに領土を拡大したが、これは結局、八紘一宇つまり陛下の御威光を世界に広げる世界制服戦争だった。彼らはそのために死んだのである。

当人たちは、こうした侵略戦争が日本のためになると教えられ、それを信じて死んでいった。戦況は不利であったが、日本には戦う以外に道はないとも教えられた。当然、自分たちを南方に送り出した陛下や軍のお偉方は、最後の一兵まで勇敢に戦うだろうと思ったであろう。

イタリアもドイツも降伏せず、政府崩壊まで戦ったのだが、大日本帝国はあっさりと降伏してしまった。そんなことならなんで俺たちが死ぬ前に降伏してくれなかったのだ。草葉の陰で彼らの言いたいことはこれでしかない。戦う以外に道はないといわれたのは嘘だったのだ。

資源がない日本でも、平和憲法のもとで、軍事費を抑えて生産に励めば経済発展が可能であることを立証した。さっさと降伏すればよかったのだから、ニューギニアで15万人全部で300万人の犠牲は無駄だったのである。そもそも戦争自体が政府の大間違いだったのだ。

日本の首相がニューギニアで献花して言うべき言葉は、これらの戦没者に対する謝罪である。あなた方を無駄死にさせてしまって申し訳なかった。その後の65年は1人の戦死者もださず、平和に努力したから勘弁してくださいと言わなければならない。

しかし、安倍首相は、再び「戦争できる国」つくりに励んでいる。あの戦死者たちが教えられたように、国民を戦争に駆り立てられる体制を整えようとしている。秘密保護法も通したし、自衛隊の外国軍攻撃も法制化しようとしている。彼にまともな反省の言葉が言えるわけがない。

「平和を誓う」とも言ったそうだが、まるで、こういった戦死が必要なものであったかのような発言は、将来において「平和」の解釈変更を準備しているようなものだ。かつて軍部は言っていた。「東洋平和のために鬼畜米英に宣戦する」。憲法の解釈さえ自在に変更する安倍首相には、「平和」の解釈変更くらい簡単なものだ。

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